く厭《あき》たるころとて、前後の慮《おもんばかり》なくやめにせばやとひたすら進む。母君もかく塵《ちり》の中にうごめき居らんよりは小さしといへど門構への家に入り、やはらかき衣類にても重ねまほしきが願ひなり、されば我もとの心は知るやしらずや、両人とも進むること切なり。されど年比《としごろ》売尽し、かり尽しぬる後の事とて、この店を閉ぢぬるのち、何方《いずかた》より一銭の入金のあるまじきをおもへば、ここに思慮を廻《めぐ》らさざるべからず。さらばとて運動の方法をさだむ。まづかぢ町《ちょう》なる遠銀《えんぎん》に金子《きんす》五十円の調達を申込む。こは父君|存生《ぞんしょう》の頃よりつねに二、三百の金はかし置《おき》たる人なる上、しかも商法手広く表をうる人にさへあれば、はじめてのこととて無情《なさけな》くはよもとかゝりしなり。
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[#地から2字上げ](「塵中日記」より)

 私はもうこの辺で、その人のためには、茅屋《ぼうおく》も金殿玉楼と思いなして訪《と》いおとずれた、その当時はまだ若盛りであった、明治文壇の諸先輩の名をつらねることも、忘れてならない一事だろうと、ほんの、当
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