媛について、萩の屋門下の夏子と龍子《たつこ》――三宅花圃《みやけかほ》女史――の評を求めたおり、歌子は、龍子は紫式部であり夏子は清少納言であろうと言ったとか、一葉も自分で、清少納言と共通するもののあるのを知っていたのかとも思われるのは、随感録「棹《さお》のしづく」に、
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少納言は心づからと身をもてなすよりは、かくあるべき物ぞかくあれとも教ゆる人はあらざりき。式部はおさなきより父為時がをしへ兄もありしかば、人のいもうととしてかずかずにおさゆる所もありたりけんいはゞ富家に生れたる娘のすなほにそだちて、そのほどほどの人妻に成りたるものとやいはまし――仮初《かりそめ》の筆すさび成りける枕の草紙をひもとき侍《はべ》るに、うはべは花|紅葉《もみじ》のうるはしげなることも二度三度見もてゆくに哀れに淋しき気《け》ぞ此《この》中《なか》にもこもり侍る、源氏物がたりを千古の名物とたゝゆるはその時その人のうちあひてつひにさるものゝ出来《いでき》にけん、少納言に式部の才なしといふべからず、式部が徳は少納言にまさりたる事もとよりなれど、さりとて少納言をおとしめるはあやまれり、式部は天《あめ
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