といへるが、また、さうばかりもいひきれないのがあの世界だ。岡本さんや眞山さんといつた硬骨の人がなければ、作家へ對する態度は、もつと、傍若無人で惡い状態でつゞいたかもしれない。
 隨筆といへば、あれは隨筆ではないが、「支那怪奇小説集」の譯をわたくしは愛讀してゐる。綺堂ものの中には「修禪寺物語」をはじめ、あの方のフランス文學に造詣の深いことを證據だててゐるが、支那の文學にあんなにまで徹してゐられることを、一般の人はよく知らないであらう。そして、それが、どんなに岡本さんの文學の血と膏になつてゐるかを見ると、勉強といふことを實によく教へられる。たしか「兩國の秋」といつたかと思ふが、尾上梅幸が帝國劇場で上演した蛇つかひの女の執念。それから、あれもたしかに綺堂さんの作《さく》と思つたが、菊五郎、梅幸で演じた「お化け師匠」踊りの師匠の妄念――それから小説では半七捕物帳の中の「むらさき鯉」その他。それらは「支那怪奇小説集」の譯者なればこそだと、その完全に咀嚼しつくされた妙味に、なんともいへないうま味を感じる。いまは早や、故き人の、潔癖とかんしやくの話をよくきいたが、それは、前に引いた、八歳の童兒の憤慨
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