いわれているが、そのうちのどれにしても帰りにくかった古里《ふるさと》へ、錦子は帰らなければならなかったのだが、故郷にも待っている冷たい眼は、傷心の人を撫《なで》てはくれない。
 憂鬱《ゆううつ》の半年、身をひきむしってしまいたいような日々を、人形を抱いて見たり投《ほう》りだしたり、小説を書けば、「五大堂」のように、没身《みなげ》心中を思ったりして、錦子はだんだんに労《つか》れていった。
 事あれかしの世間は、我儘娘の末路、自由結婚、恋愛|三昧《ざんまい》の破綻《はたん》を呵責《かしゃく》なく責めて、美妙に捨《すて》られた稲舟は、美妙を呪《のろ》って小説「悪魔」を書いていると毒舌を弄《ろう》した。
 錦子は、そうまでされても美妙をかば[#「かば」に傍点]った。そんなものは書いていないということを、紅葉の文芸欄といってもよい、『読売新聞』によって、「月にうたう懺悔《ざんげ》の一節《ひとふし》」を発表してもらったが、自分が悪かったということばかりいっている、しどろもどろの長歌みたいなものだった。
 恋とはそうしたものか、そんな中でも、美妙へは消息していた。手紙では人目が煩《うる》さいので、書
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