可愛がっているんだから――」
と、美妙はとりなすが、美妙が大祖《たいそ》と称するところの、八十五歳の養祖母おます婆さんは、木乃伊《ミイラ》のごとき体から三途《さんず》の川の脱衣婆《おばあ》さんのような眼を光らせて、姑《しゅうとめ》およしお婆さんの頭越しに錦子を睨《にら》めつけた。
 美妙の父吉雄が、およしの妹とずっと同棲していて、帰らないというのも、この大祖お婆さんがいるからだということを、錦子は嫌というほど悟らせられた。
 だが、そうした女傑が、二人も鎮座することは、錦子も承知の上だった。その覚悟はしていたのだが、耐えられないのは、日本橋に出ている芸妓に、美妙の子供が出来かけている――ということだ。狭い家庭内で、三人の女に泥渦《どろうず》を捏《こ》ねかえさせないではおかなかったのだ。
 錦子は半狂乱のようになった。そんな時期だったのだろう。錦子は墨田川へ身を投げようとした。――墨田川! それは、ふうちゃんが水をみつめていた、あの橋の上流だ。
 結婚してたった四月、お金を無心にやられたのだともいうし、離縁されて帰されたのだともいい、体の悪いのを案じて出京した母親が、連れもどったのだとも
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