は分らないが、はじめの支出を書いた日記を、錦子に開いて見せて、
「僕が、こんなことで厭になったのなら仕方がないが、君だけは、小説家としての僕を、知ってくれるはずだが――」
と、怨《うら》みっぽくさえいうのだった。
 他人が見捨るなら、あたしは――という、不思議な反抗心が、一度は美妙に失望した錦子に、美妙を救おうという気を起させた。
 そして、そう思ったことが錦子にとって、今までにない楽しさをもって来た。天涯孤立となった美妙は、錦子を、いなぶね女史として無二の話相手にしだした。錦子にとっては嬉しいことばかりだった。愛されるばかりでなく、急に一人の文学者として、美妙に遇されるようになったのだから――
 人の噂《うわさ》も七十五日、あれまでにやられると美妙斎も復活しだした。稲舟も『文芸倶楽部』が博文館から発行されると、前に書いてあった「医学終業」を出して、目をつけられるようになった。「白ばら」は最初《はじめ》ての閨秀《けいしゅう》作家号に載《の》るし、「小町湯」や美妙との合作もつづいて発表された。
 稲舟の作品は、美妙を離れないともいわれた。美妙に、令嬢|気質《かたぎ》を捨てろとでもいわれた
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