剥《む》いてる奴があるから――落目さ。そりゃあ、僕だって、このままでないという事は、自信はあるけれども。」
「どうしても、このお家《うち》を、お離れにならなければ、いけませんの。」
不自由なく育った錦子には、住居《すまい》を売って立退《たちの》くということは、没落ということを、眼で見ることだと思った。
「あたしが、いけなかったのでしょうか。」
と、自分の責《せめ》のように、家のなかを見廻した。小説修業の女弟子などが出はいりするのが、美妙が軽薄才子のように罵《ののし》られる種《たね》なのではないかと案じた。
「そんなことは、どうでもいいさ。この辺はね、金満家の住居や、別荘には――別荘って、妾宅《しょうたく》だよ。」
とニヤリとして、
「閑静で、便利でもって来いの土地さ。景色は好いし、われわれふぜいのボロ家は、だんだんなくなるさ。」
だから、今日は書斎の整理をすこし手伝ってもらおうかといった。
「ここのお室《へや》、なつかしくって――」
錦子が湿っぽくなるのを、
「君がはじめて来てくれたのは、二十四年だったかね。そうそう、君をおくった帰途《かえり》に、巡査に咎《とが》められたことがあ
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