逢うと、美妙はハグラかすように言う。
「随分お留守ですのね。」
「ええね。」
 美妙はしゃあしゃあと答えて、
「別荘行きも、もうお止《や》めさ。」
と、うふ、うふと胸のなかで、自分だけで笑って、別荘なんぞ、何処にあるのかと聞くと、
「それは言えんさ、それにもう、すでに過去のことだ。」
 いきなり、錦子の両の頬のえくぼ[#「えくぼ」に傍点]を、両方の人差指で、はさむようにキュッと押して、
「怒ってるの。」
と顔をもっていった。
 その手を払って、錦子は顔を反《そら》した。細《ほそ》った横顔にも、弾力のない頬《ほお》の肉にも、懊悩《おうのう》のかげはにじみ出ているのだが、美妙は、手のうらをかえすように別のことを冷たく言った。
「此処《ここ》の家も、もう越すんだ。」
 錦子はそれをきくと、拗《すね》てなんぞいられなくなって、すぐその話の筋へ引きこまれていった。
「君は何故《なぜ》っていうのですか。何故ってね。僕は、このごろ四面|楚歌《そか》さ。貧乏になったのも知ってるでしょう。何にも目ぼしい作書いてないものね。そりゃあ、演劇改良会をつくろうと思って、脚本なんぞ書いたりしてはいるがね、白い眼を
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