と、謝《あやま》るように孝子を見る眼に、矯羞《きょうしゅう》をうかべた。
「あなたを、大層思っていた人が郷里に、あったというではないの。」
「あんなの、なんでもないのよ。種々《いろいろ》なこという人随分あったけれど、戯談《じょうだん》半分なのよ。」
と、錦子は友達の真面目《まじめ》なのを、ごまかしてしまおうとした。
「でも、その人は、結婚を申込んだというのじゃないの。お父さんもお母さんも、御承知なのでしょ。」
「でも、どうとでも、お前の心のままにしろというから、否《いや》だといったの。だから、それは何でもないのよ。もともと友達のつもりだったのだから。」
そうはいったが錦子も、その男が、青くなったり、赤くなったりして涙ぐんだのを思い出すと気とがめもするのだった。
「あたし、一生独立しようと心に誓って、はじめは、医者になろうかと思ったのですけれど、それもだめだったし、画師《えし》になろうかとも思ったのですけれど、それも駄目。やっぱり、もともと好きな文学でと思ってるのですの。けれど、それも下手《へた》の横好きというんでしょ。自分ながら才がないので、気をもんじゃって、それで始終むしゃくしゃ
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