みすぎ》も、書くための、命をささえる代《しろ》なのだろう。」
と、それは、思いやりのある暗い眼つきをしたが――ああ、やっぱり、競《くら》べものにはならないのだ。好い気になって、のんきな気持ちで聴いていたが――
(じゃあ、あたしは、何を目的に、一生懸命になったら好いのだ。)
 自問自答すると、(恋愛)という答えしか出なかった。そしてまた、その目標は美妙斎だと思わないわけにはいかなかった。
 錦子が神保町《じんぼうちょう》へおりてくると、広い間口をもった宿屋の表二階一ぱいに、書生たちが重なって町を見おろしていた。この附近は下宿屋が門並《かどなみ》といっていいほどあって、手すりに手拭《てぬぐい》がどっさりぶらさがっていたり、寝具を干してある時もあるが、夕方などは、書生の顔が鈴なりになっているのだった。
 書生たちが見おろしていたのは、ヨカヨカ飴屋《あめや》が来ているからだったが、飴屋は、錦子を見ると調子づいた。
 ヨカヨカ飴屋は二、三人|連《づれ》で、一人が唄《うた》うと二人が囃《はや》した。手拭で鉢巻きをした頭の上へ、大きな盥《たらい》のようなものを乗せて、太鼓を叩《たた》いているが、畳つ
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