考えると、気が進まないのだった。
 それに、樋口一葉が、好い小説を書出したので、自分ももっと勉強しなければいけないと思っていることを、意地わるく、しつこく思いだしたりした。美妙に逢っていると、励まされるのでそんなに屈託しなかったが――
「樋口夏子は苦労しているもの。だからって、あなたが、求めて、あの女とおんなじ苦労をしなくっても好い。あなたは、あなたのものが生れてくるさ。それに、僕がこんなに大事にしていれば、一葉は、かえって田沢錦子をうらやむかもしれない、いや、僕を好きなのではないが、あの女にも、恋はあろうさ。」
 そんなようにもいわれた。一葉は、あの細っこい体で、一文菓子《いちもんがし》の仕入れにも行くのだそうだが、客好きで、眉山《びざん》などから聞くと不断《ふだん》は無口だが、文学談になると姐御《あねご》のようになる。そうすると、青い顔の頬《ほお》の上が真赤になって、顔が綺麗になるということだ。浅草の、大音寺前《だいおんじまえ》という吉原に近いところで荒物店《あらものや》を出すとかいうから、そのうちに吉原を素見《ひやか》しながら、あの辺を通って見ようといったりして、
「そんな生計《
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