もっていたものだ。
錦子の家は出羽の西田川郡であったが、庄内米、酒田港と、物資の豊かな、鶴岡の市はずれではあり、明治廿年代で西洋医学をとり入れた医院だったから、文化の低い土地では、比較的新智識の家族で、名望もあった。
――あたしの画はまずい。
と、思う下から、山田美妙斎の小説は、なんと素《す》ばらしく、女の肉体の豊富さを描きつくしているのだろうと、口惜《くや》しいほどだった。
錦子は、水に濡《ぬ》れ浸《ひた》った蝴蝶の、光るような、なめらかな肌が、目の前にあるように、眼をよせて眺《なが》めていた。小説の中の蝴蝶も、自分の年とおなじ位だと思うと、彼女は自分の肌を、美妙斎に、描写されたように恥《はずか》しかった。それは、いつぞや、自分のことを言ってやった文《ふみ》に、
――体に、脂《あぶら》があると見えて、お風呂《ふろ》にはいった時も、川で泳いだときも、水から出て見ると、水晶の玉のように、パラパラと水をはじいてしまって――
そんなふうに、書いたこともあった気もするのだ。
――ええ、泳ぎますとも、まっぱだかで――とも書いたようだ。
――田沢湖は秋田です。うつくしい郡司の娘が、恋
前へ
次へ
全62ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング