司《ぐんじ》の娘、小町の容色をひく錦子も、真っ白な肌をもっている、しかも、十七の春であれば、薄もも色ににおってくる血の色のうつくしさに、自分でも見とれることもあるのだった。その生々しさが湧《わ》きあがったとき、この娘は、
――なんて拙《まず》いんだろう。
と、自分の描く絵が模写にすぎないのを、腹立たしくなっていた。
――この色は出やあしない。こんな、綺麗《きれい》な色は、ちっとも出やあしないじゃないか、残念だが――
彼女は、自分の腕に喰《く》いつくこともあった。と、そこにパッとにじみだして開いてくる命の花のはなやぎを、どんなふうに色に出したら写せるかと、瞶《みつ》めながら匕《さじ》をなげた。
匕を投げたといえば、錦子はお医者さまの娘だ。徳川時代には、お匕といえば、御殿医であることがわかり、医者が匕を投げたといえば病人が助からぬということであるし、匕を持つといえば内科医のことだった。これは漢法医が多く、漢薬は、きざんであったのを、盛りあわせて煎《せん》じるから、医者は薬箱をもたせ、薬箱には、柄《え》の永い、細長い平たい匕――連翹《れんぎょう》の花片《はなびら》の小がたのかたちのを
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