ので、なんとなく前途を危惧《きぐ》していた。地方の豪家と縁を結んでおけば――そんな下心がないともいわれなかった。
「武太郎は孝行ですよ。言文一致とかで書きだした時も、まっさきにあたしに読んできかせましたのですよ。あたしが、そこが、いけないといえばきっと直しました。」
 おお、それは、と錦子は眼をパチパチさせた。これは大変、自分のものも、そんなふうに差図されては堪《たま》らないと案じた。だが、
「先生は、ほんとに美しい、よいお声でございますわねえ。」
と、長い袂《たもと》を、膝《ひざ》の上に、乗せたりかえしたりして、どうして、暇《いとま》を告げようかとしていた。
「山形の方もお寒いのでしょうね、山田の父の出は、岩手県《なんぶ》の山田と申すところですの。いいえ、あたしたちは知りませんけれど。」
 美妙の母親は、江戸生れの者には、肌合《はだあい》が違う重っくるしさを、仲たがいをして離れている夫からとおなじにこの娘からも受取りながら、
「でも、あたしも医者の娘ですよ。」
と笑った。東洋のシェクスピヤというような、輝かしいあだ名[#「あだ名」に傍点]のあった天才を生んで、しかもその独り子が、色白
前へ 次へ
全62ページ中30ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング