と、お母さんは考えるように言うのだった。
 錦子は、ふと、暗い気がした。美妙は好きで好きで堪《たま》らないが、このお母さんや、もっと強いおばあさんがいる、この家の者にはなりきれないと思うのだった。
 そんなこと、自分だけの考えだと思っていたらば、このお母さんも、何か、そんな事を考えているのだなと思えた。
 それは、錦子が感じた通りだったのだが、お母さんの方は、息子も厭《きら》いでなさそうな娘で、丁度|好《よ》さそうだと思うが、この娘が自分に代って炊事や、掃除《そうじ》などをするだろうかと考えるのだった。嫁は使いよい女中をかねなければならないというのが、その人たちの女庭訓《おんなていきん》であったのだ。
 錦子は、美妙は師の君ででもよいが、もっと深い交渉も持ちたかった。だが、この家庭の嫁となることは躊躇《ちゅうちょ》された。彼女は美妙に愛されて――それよりもっと愛されたいものが芽ぐんでいる。それは、一度根ざしたら、その生涯であろう芸術の芽だった。
「ここいらあたりで身を固めさせたい。」
 賢なる母親は、あんまり年若く名をなした息子の盛名が、昨今、すこしなま[#「なま」に傍点]っている
前へ 次へ
全62ページ中29ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング