が、じりじりしているのを、錦子は見逃《みのが》さなかった。小説は「萩《はぎ》の花妻名誉の一本《ひともと》」を発表してもらえることになっていた。
そうした日の、ある夕ぐれ、青葉の匂いを嗅《か》いで、そぞろ歩きをしようと、当然帰途は美妙斎におくってもらうつもりで訪《たず》ねると、留守だった。
賢《かしこ》そうなお母さんが出て来て、まああがれ、まあ上れと進めた。
美妙斎がお母さん孝行なことは、話をしていてもわかるので、錦子もお母さんの進めに逆らわなかった。
「あなたは、他家へはお出《いで》になられないのでしょうね。御惣領《ごそうりょう》では――」
と、なんとなく、お嫁にゆかれるのかというような、口うらをひかれた。
「お宅は、お妹御《いもとご》さんおひとりですか?」
ともいった。
錦子は、美妙のお母さんのいう意味を、意識しながら、自分には優しくしてくれる祖母がいるので、大概な願いは叶《かな》うのだというように言った。
すると、継母ではないのかときかれたので、錦子はどぎまぎした。そんなはずはないとうち消した。
「でもね、財産のあるお家の、家督を捨《すて》て、いくらあなたが物好きでも……
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