るって言うんですもの――」
「絵がなの?」
 孝子が問いかえしたことは、それは、女生徒の間にも、女教師たちの間にも、不言不語《いわずかたらず》に考えられていることなのだ。彼女が描く絵はとにかくとして、出京当時にくらべると、びっくりするほど急に女づくって、毎日々々綺麗になってゆくのが、目に立つのだった。
「あたし、種々《いろいろ》なことを覚えようと思ってるのよ、山田先生に教えて頂いて――」
と、錦子はいった。
「ちょいと、文学者たちって、紅《べに》さまだの、美《よし》さまだのって、手紙に書いてたのね。あたし、紅より、っていう手紙見て、ちょいと怒ったことがあるの。そうしたら、紅葉さんですって。」

 六月の日が照りはじめると、稗蒔屋《ひえまきや》や、風鈴屋や、金魚売、苗売の声が、節《ふし》面白く季節を町に触れ流してゆくようになった。
 本郷台も駿河台も、すっかり青葉になって、お茶の水橋はまっさおな間に、細く白く見えるようになり、下ゆく水は、覗《のぞ》かなければ見えなくなった。夜は、関口《せきぐち》の方から蛍《ほたる》が飛んで来て、時鳥《ほととぎす》も鳴きすぎた。
 その頃、どうかすると美妙
前へ 次へ
全62ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング