《ゆ》うと黒い毛なのにね。」
「いいえ、赤っ毛なんですわ。」
 錦子が、はずかしがって項垂《うなだ》れると、頸《くびすじ》から背中の生毛《うぶげ》が金色に覗《のぞ》かれた。
 片翳《かたかげ》りの、午後の街《まち》ではあったが、人っこ一人通らない閑静さで、蜥蜴《とかげ》が、チョロチョロと歩道を横ぎってゆくほどだった。美妙斎はおさえきれないように、いたずらっぽく錦子の髪の毛をひっぱった。
 見る見る、錦子の耳朶《みみたぶ》が、葉鶏頭《はげいとう》のような鮮紅《あかさ》の色になって、躰《からだ》をギュッと縮め、いよいよ俯向《うつむ》いてしまった。
 と、片側の赤|煉瓦《れんが》の、寮舎――ニコライ寺の学寮――の窓から、讃美歌が洩《も》れて来て、オルガンの合奏もきこえだしたので、美妙斎は錦子を抱《かか》えるようにして歩き出した。
 そんなことがあってから後だった。孝子に逢うと、錦子は、
「嫌になっちまうわ。」
と呟《つぶ》やいた。
「学校でね、跡見玉枝《あとみぎょくし》先生が、あたしの絵のことをね、あんまり濃艶《のうえん》すぎるって仰《おっ》しゃるのよ。それだけなら好いけれど、ベタベタしてい
前へ 次へ
全62ページ中26ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング