で、他《ほか》のも読んでよ。」
と、孝子は笑った。
犬山|道節《どうせつ》が森鴎外で、色は黒、花では紫苑《しおん》。犬飼現八《いぬかいげんぱち》は森田思軒で、紫に猿猴杉《えんこうすぎ》。犬塚|信乃《しの》が尾崎紅葉で緋色《ひいろ》と芙蓉《ふよう》。犬田|小文吾《こぶんご》が幸田露伴、栗とカリン。大法師が坪内逍遥で白とタコ。
「緑は、すっきりしていて好いけれど――もうちっと。」
と錦子が色に不服をいうと、孝子が「花見立」というのから、
「桃よ、美妙斎は桃よ、紅葉は桜見立よ。」
と選《え》りだした。
三
錦子は出京してから、一ツ橋の学校にも近いので、神田|猿楽町《さるがくちょう》の親戚《しんせき》の家に泊っていた。
小さい家ではあったが、黒塀の中から、深張りの洋傘《こうもり》をさしたりして、錦子が出てくると、附近には法律学校や医学校の書生が多かったので、目をひいた。
駿河台《するがだい》の山田の家とはいくらも距離がなかったから、自然と足近くなっていった。美妙は文学者の話をよくしてくれた。そのうちに、手を入れてやった錦子の小説を、発表してくれるとも言った。
駿河台
前へ
次へ
全62ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング