堂《ほうおうどう》のような五層楼――凌雲閣を睨《にら》む人に正直正太夫《しょうじきしょうだゆう》の緑雨醒客《りょくうせいきゃく》のあるのも面白い。
 上野山から眺めている連中のなかには、不知庵主人内田|魯庵《ろあん》があり、漢詩の大家で、業病《ごうびょう》にかかり妹の曾恵子《そえこ》を熱愛していた義弟勇三郎がその病の特効薬だときいて、他人の尻肉を斬《き》りとったりしたのち、死刑になった事件を引き起したりした、気の毒な野口|寧斎《ねいさい》がある。
「ちょっと、ちょっと、これ見ない? 見たくなければ見せない。」
と、孝子が、ヒラヒラと見せびらかした一枚には「明治文学界八犬士」の見立《みたて》がある。滝沢|馬琴《ばきん》の有名な作、八犬伝の八犬士の気質|風貌《ふうぼう》を、明治文壇第一期の人々に見立てたのだ。
「あら! 犬江親兵衛が美妙斎よ。」
と、錦子はよろこんだ。親兵衛は一番若くって、ピチピチしている人物だった。
 その親兵衛が美妙で、色ならば緑、草木ならば豊後梅《ぶんごうめ》だとある。
「豊後梅は、実が大きくって、生で食べても、梅干にしてもおいしい。」
「そんな、自慢ばかりしていない
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