なるたけ、出してあげたいと、骨を折っているけれど――」
 彼女は、娘の描いた、おとなしい絵を手にとって眺めて沈呻《ちんしん》した。
 ――この娘はもっと強い子だが――
 琴を弾《ひ》かせても黙って弾《ひ》いている。あれは、あの時、胸のなかに、何か、物足らない思いが一ぱいに詰まっているのだ。この娘は、何も言わないが、どんなことを考えているか知れたものではないと、母親には、それが心配なのだ。
 けれど、錦子が琴をかき鳴らしても唄わないのは、邪念があったのではない。琴の糸の奏《かな》で出すあや[#「あや」に傍点]は、彼女の空想を一ぱいにふくらませ、どの芽から摘んでいいかわからない想いが湧上《わきあが》るのだ。どう整理してよいか、まだ、そのわけが分明《はっきり》としないものが醗酵《はっこう》しかけてくるのだ。だから彼女は、うっとりとしたような、不機嫌のような、押だまったままでいるのだ。だがとうとう、錦子は、朝夕眺めた、鳥海山も羽黒山も後にして、出京することになった。

       二

 山田武太郎と表札の出ている、美妙斎の住居《すまい》を訪れた、みちのく少女《おとめ》のいなぶねは、田舎娘が
前へ 次へ
全62ページ中11ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング