一帶はます/\貴い地帶となる。
去年の春のくれがた、午後の、陽はもう翳らうとしてゐたが、二重橋前近く、芝生のタンポポは、黄金色に、一面に輝いてゐた。私の車は、靜かに靜かに除行する。私は、心の憩ひのやうにこの路を通らして頂くので、例により、空を、四邊を樂しみながらゆくと、車の前を低く、パツと立つてよぎつたのは雉子だつた。
何だか、無性にわたしは嬉しかつた。この激しい東京の中央に、この激しい今日の東京に――と思ふと、御所前一帶は、東京市民のオアシスとなることであらうと思つた。丁度、海外同胞へ「故國のたより」をラヂオで語りかける機會をもつてゐたので、この平和な光景を、早速に傳へたのだつた。
が、今日の新聞は、和田倉門の、高麗門と橋が危くなつたのでとりのぞかれると報じてゐる。どうか、事變がすんだらば、早速復舊してほしい。あの木橋へ、ひた/\と水がすれ/\にあつて、柳がなびいてゐる小雨の日の風情は、東京市中、もう何處にもなくなるであらう江戸の面影である。今日の人には、まだ珍らしくはないが、この後にくるものに、殘されるものは殘してやつておいた方がよいと思ふ。
そこでまた、わたくしの望みは
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