―私は、早春の初霞を見る、初夏の白き漂ひを見る。冬の夕暮の空のうるみなど、大内山の森と下町の空とにわたる複雜な、東京特有の空の色である。
「ああ、綺麗だ。」
さういふわたしの言葉を、ある時、一人の女友だちが遮つた。山國に故郷をもつてゐる人だつた。
「汚ないぢやありませんか、霞だつて、どす濁つてゐて。空まで埃つぽい。」
人間の多く住んでゐる空だから――大都であるから――と、あたしは言ひたかつた。ここでも激しい雨のあとなどで、洗はれたやうな空や入陽の名殘りの光芒を見ることがあるが、いかにも鮮明だが、ぼかされた深い味がなく、町々の屋根などまざまざと造りものである感じで、何か、却つて孤獨を感じ、せせこましい氣さへするものだ。
翠緑《みどり》をへだてて宮城にむかふ建築が、歐米各國の樣式であつて、調はないといふやうにもきいてゐるが、わたくしなどには、それらの諸建築が宮城外廓の、日本式の白壁に相對して、調和のとれない調和をなして、どんな建築であらうと、あの白壁の櫓が跳返し、照りかへしてゐるのを實に美事だと思つてゐる。その點、特定の一種の一國を眞似た洋風建物よりも、各種の立派なものが多ければ多
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