の銘酒を五合ばかり飲んで、親たちや養母を驚ろかせたりした。
 新町のある茶屋に、素人《しろうと》義太夫の稽古《けいこ》会があった。素人といっても、咽喉《のど》からして義太夫そのものに合った音声を持つ土地ではあり、ことに土地で生れた芸ではあり、父祖代々、耳に親しんできた馴染《なじみ》の深い、鍛錬のある人たちのあつまりのこととて、到底よその土地の旦那芸とは一つにならない人たちのあつまりであると同時に、こればかりは、何処《どこ》でもかわらない自慢|天狗《てんぐ》の旦那芸の集りであった。後見役《こうけんやく》には師匠筋の太夫、三味線|弾《ひ》きが揃《そろ》って、御簾《みす》が上るたびに後幕《うしろまく》が代る、見台《けんだい》には金紋が輝く、湯呑《ゆのみ》が取りかわる。着附《きつけ》にも肩衣《かたぎぬ》にも贅《ぜい》を尽して、一段ごとに喝采《かっさい》を催促した。其処《そこ》へ平日着《ふだんぎ》のまま飛込んだのが、町内の腕白者《わんぱくもの》男おんなで通るお園であった。自分も一段語りたいといった。人々は面白がって子供にからかって、
「そんなに仲間入りがしたければ、三味線弾きをつれておいで」

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