と、綾之助は石井氏を木戸口に待ち迎えていて、氏の好みを聞いてその夜の語りものを改ためたりした。それを見て綾之助の心を悟った彼は絶望のあまり、冬の夜を一夜、品川海岸をさ迷っていたこともあった。その死にもしかねぬ彼の恋が綾之助の偽《にせ》手紙をつくって石井氏の心を試《ため》した。
それが二人を結びつける強い綱になったのだった。苦悶《くもん》は彼をたかめて、綾之助を失意のものにさせまいと、優しい思いやりまでして、彼は石井氏の両親が選んだ娘のあったのを、破約にさせるように骨を折った。そんなことがちらちらと噂《うわさ》に立つと、綾之助の高座へ悪戯《いたずら》をするものが出来た。石井氏の名を知って害《あや》めようとする者などもあった。養母の鶴勝を煽《おだ》てるものもあった。石井氏は後日の健全な家庭をつくるためにと、綾之助を慰めておいて、雄々《おお》しくも志望を米国へ伸《のば》しに渡った。綾之助はその留守をどうして暮したであろう、彼女は派手な芸人の上に、日の出の人気の花形である。あらぬ噂も立つ、またその上に大阪役者の中村|芝雀《しばじゃく》(後に雀右衛門)を従兄妹《いとこ》にもっていたので、東上の
前へ
次へ
全18ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング