おりには、引幕を遣《おく》ったり見連《けんれん》を催したりする、彼女の生活の色彩は、いよいよ華やかであった。けれどそれは表向きだけで、彼女は健太氏の帰朝を一日も長しと待ちわびていた。彼女は未来の夫のために便船ごとに出す手紙を、忙しい間にかかさずに書いた。笑われまいために学びもした、裁縫などもならった。昔日《せきじつ》の「男おんな」はすっかり細君|気質《かたぎ》になっていた。
五年ぶりに成功して帰朝した石井氏を、廿三歳の豊麗な彼女が迎えた。養母の鶴勝はその悦びを共にすることを得ず、もはや鬼籍《きせき》にはいっていた。二人の心は一日も早くと焦燥《あせ》りはしたが、席亭《よせ》組合の懇願もだしがたく、綾之助の引退は一ヶ年の後に延引《のば》された。全くその頃は綾之助が出ると、投げ下足《げそく》というほど、席亭《よせ》の手が廻りかねる大入|繁昌《はんじょう》だった。石井氏が帰ってきてから何よりおかしがられたのは、(取消し屋の綾之助)といわれるほど克明に、制限なく新聞へ載せられる誤聞を、一々取消させないではおかなかったことだ。
人世の嵐《あらし》――この二人の上にも、ふと曇った影がさしたことも
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