つかまったり後押しをしたり、前へ立って駈出していったりする。高座に渇仰の的が姿を現わすと、神妙に静まりかえって、邪魔にならぬほどのよい機《おり》を見て、語り物の乗りにあわせて、下足札《げそくふだ》で拍子をとり、ドウスル、ドウスルと連発する。けれどもそういう連中は割合に淡泊であった。
 綾之助の人気は絶頂ともいってよいほどに、彼女が十八、九になると満都に響きわたった。いうまでもなく彼女の人気は平民的で広かった。名高い芸妓などの名は、きいていても青年が眺める花ではないが、綾之助の場合は気楽で、そして語りものを通して一種の親しみをもつことが出来る。それが彼女のために日に日に新らしい信徒をむかえたのでもあったろう。そうなると勢い綾之助には迷惑な殉教徒が出てきた。彼女に熱心のあまり免職される若い巡査もあれば、母親の留守に自殺しようとまでした小心の書生もあった。その他にも切腹しかけた人があって、その人の母親は忰《せがれ》のために綾之助に懇談を申入れたことさえあった。ある三十男は気が変になって、いつも赤いハンケチを持ち、匂袋《においぶくろ》をさげて綾之助の後をついて歩いた。その人はいつも五行本の書風
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