、奥まった部屋にこの四人は集っている。薄暗いほど欄間《らんま》の深い、左甚五郎の作だという木彫のある書院窓のある、畳廊下のへだての、是真《ぜしん》の描《か》いた紅葉《もみじ》の襖《ふすま》をぴったり閉めて、ほかの座敷の、鼓や、笛の音に、消されるほど忍びやかに稽古をつけている。
立っている、糸巻きに髷《まげ》結んだ老女が、井上流の名手、京都から出稽古《でげいこ》に来て滞留している京舞の井上八千代――観世《かんぜ》流片山家の老母春子、三味線を弾《ひ》いているのは、かつて、日清役《にっしんえき》のとき、威海衛《いかいえい》で毒を仰いで死んだ清国の提督、丁汝昌《ていじょしょう》の恋人とうたわれたおしかさん、座っている老女は、紅葉館創立以来のお給仕《きゅうじ》の総指揮役で、後見役のおやすさん。舞いをならっていた女は、それらの人たちにとっては、客人《まとうど》でもあり、もすこし親しみのある以前の朋輩《ほうばい》でもあった大橋夫人須磨子さんだった。
美に対する愛惜――そうした分明《はっきり》した心持ちを知らなかった時分のことではあるが、わたしはある日、呉服橋の中島写真館で、アルバムをくってゆく
前へ
次へ
全16ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング