役《こうけんやく》で、半分は拝見の心持ちで、坐っている。もう一人大柄な、顔もおおきい、年もかなりまさっている老女が、頭のまん中へちいさな簪巻《かんざしま》きを(糸巻きという結びかたかも知れない)つけて、細い白葛引《しろくずひ》きをぴんと結んで、しゃんとした腰附きではあるが、帯をゆるくしめて、舞扇をもって立っている。
 その傍に、小腰をかがめて媼《おうな》の小舞《こまい》を舞うているのは、冴々《さえざえ》した眼の、白い顔がすこし赤らみを含んで、汗ばんだ耳もとから頬《ほお》へ、頬から頸《くび》の、あるかなきかのおしろいのなまめき――しっとりとした濡《ぬ》れの色の鬢《びん》つき、銀杏《いちょう》がえしに、大島の荒い一つ着《ぎ》に黒繻子《くろじゅす》の片側を前に見せて、すこしも綺羅《きら》びやかには見せねど、ありふれた好みとは異っている女《ひと》が、芸にうちこんだ生々《いきいき》しさで、立った老女の方へ眼をくばっている――
  ――さてもさても和《わ》ごりょは、誰人《だれびと》の子なれば、定家《ていか》かつらを――
 京舞井上流では、この老女ものの小舞は許しものなので、人の来ない表広間の二階の
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