、殺すも不愍と隱しておいた。ところが、三月になつて、年米を舂《つ》く時に、稻舂《いなつ》き女たちに間食《おやつ》をやらうと家室さんが碓屋《うすや》にはいつてゆくと、彼の犬の仔が吠えておつかけた。犬に追はれた家室さんは忽ち野干《やかん》となつて籬《まがき》の上に乘つてゐる。紅染《くれなゐぞ》めの裳《も》を着て、裳裾《もすそ》をひいて遊んでゐる妻の容姿《すがた》は、狐といへど窈窕《ようちよう》としてゐたので、夫は去りゆく妻を戀ひしたつて、
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二人の中には子がある。だから、吾を忘れないで、毎日來て寢よ、毎晩寢に來いよ。
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と叫んだのだ――來て寢よは、來つ寢よなので、この夫どののことばによつて岐都禰《きつね》といふとある。そこで、この野干《やかん》の生んだ子を岐都禰《きつね》といふ名にし、姓を狐の直《あたひ》とした。其の子が大變な力持《ちからもち》で、走ることの疾さは鳥の飛ぶごとしとある。そして三野國の狐の直《あたひ》らが根本はこれなりとあるが、これは諸書にも引かれてゐるであらうからかなり知られてゐるかもしれない。ただ面白いのは、この後日談がある
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