は、凝《じっ》としては部屋にいられなかったのでもあったろう。そしてホセに刺殺されるところは真にせまっていたが、なんとなく悦んで殺されるようで、役柄とは違っていたという。
内部のある人のいうには、一体に島村先生に別れてからは、芝居のいき[#「いき」に傍点]が弱くなって、どうもいままでの役柄にあわなくなっていた。ことに今度のカルメンなどは、彼女に最も適した漂泊女《ジプシイ》の女であり、鼻っぱりの大層強い性格で、適役《はまりやく》でなければならないのに、どうもいき[#「いき」に傍点]が弱かったと言った。
彼女は死ぬ幾日かまえに、
「あなたはもっと真面目《まじめ》に人生を考えなければいけませんよ」
といわれたときに、
「今にほんとに真面目になって見せますよ」
と答えた。もうその時分から死ぬことについて考えていたのかもしれなかった。カルメンの唄《うた》う調子が低くって音楽にあわなかったというが、その心地をぽっちりも洩らすような友人のなかったのが哀れでならない。
後からきけば種々《いろいろ》と、平常《ふだん》に変ったことが多くあったのである。抱月氏でなくとも、彼女を愛する肉親か、女友達があっ
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