松井須磨子
長谷川時雨

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)黄昏時《たそがれどき》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)名|宛《あて》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)むき[#「むき」に傍点]
−−

       一

 大正八年一月五日の黄昏時《たそがれどき》に私は郊外の家から牛込《うしごめ》の奥へと来た。その一日二日の私の心には暗い垂衣《たれぎぬ》がかかっていた。丁度黄昏どきのわびしさの影のようにとぼとぼとした気持ちで体をはこんで来た、しきりに生《せい》の刺《とげ》とか悲哀の感興とでもいう思いがみちていた。まだ燈火《あかり》もつけずに、牛込では、陋居《ろうきょ》の主人をかこんでお仲間の少壮文人たちが三五人《さんごにん》談話の最中で、私がまだ座につかないうちにたれかが、
「須磨子《すまこ》が死にました」
と夕刊を差出した。私はあやうく倒れるところであった。壁ぎわであったので支《ささ》えることが出来た。それに何よりもよかったのは夕暗《ゆうやみ》が室《へや》のなかにはびこっていたので、誰にも私の顔の色の動いたのは
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