知れなかった。死ねるものは幸福だと思っていたまっただなかを、グンと押して他《ほか》の人が通りぬけていってしまったように、自分のすぐそばに死の門が扉《とびら》をあけてたおりなので、私はなんの躊躇《ちゅうちょ》もなく、
「よく死にましたね」
と答えてしまった。みんな憮然《ぶぜん》として薄ぐらいなかに赤い火鉢の炭火を見詰めた。
「でも、ほんとに死ねる人は幸福じゃありませんか? お須磨さんだって、島村先生だから……」
すこし僭越《せんえつ》な言いかたをしたようだと思ったので私はなかばで言いさした。私は須磨子の自殺の原因がなんだかききもしないうちから、きくまでもないもののように思っていた。
「彼女が芸術を愛していれば死ねるものではないだろうに……死ななくったって済むかと思われますね。財産もあるのだというから外国へでも行けば好いに」
電気が点《つ》くと、そう言った人のあまり特長のない黒い顔を見ながら、この人は恋愛を解さないなと思った。一本気で我執のかなり強そうだったお須磨さんは、努力の人で、あの押《おし》きる力は極端に激しく、生死のどっちかに片附けなければ堪忍《がまん》できないに違いない。
「
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