したお方でしたから。島村先生の時にはお好きだからって、あの方が林檎《りんご》とバナナをお入れになりました。ですから蜜柑《みかん》のすこしも入れてあげたらよろしゅうござりましょう」
と無ぞうさな事を言っていた。
素朴なのは彼女の平常であったかも知れないが、名を残した一代の女優の、しかも若く、美しく、噂の高かったロマンスの主であり、恋愛に生きた日を慕って、逝《い》った人を葬むるのに、そんな無作法なことってないと腹立《はらだた》しかった。こんな女に相談をかけるとはと、秋田氏をさえ怨《うら》めしく思った。死んだ女は詩のない人であったが、その最後は美しく化粧《けわい》して去《い》ったというではないか、私は彼女に、第一の晴着《はれぎ》が着せたかった。思出のがあるならば婚礼の夜の衣裳といったようなものを、そしてあるかぎりの花で彼女の柩《ひつぎ》のすきまは埋めたかった。諸方から来る花環は前へ飾るよりも、崩《くず》して彼女の亡骸《なきがら》に振りかけた方がよいに、とも思った。
(親身でもないに立入ったことは言われない)
そう思ったときに、生々としていて、なんの苦悶《くもん》のあともとめない死顔が目に
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