がまとまって彼女は嫁《とつ》いだ。十七歳の十二月はじめに上総《かずさ》の木更津《きさらづ》の鳥飼《とりかい》というところの料理兼旅館の若主人の妻となった。
 彼女はどこまでも優しい新妻《にいづま》であり、普通の女らしい細君であったが、信州の山里から出て来たのは、こんな片田舎の料理店の細君として納まってしまう約束であったのであろうかと思わぬわけにはゆかなかった。それに彼女の故郷の風習と、木更津あたりの料理店の女将《おかみ》である姑《しゅうとめ》の仕来《しきた》りとは、ものみながしっくり[#「しっくり」に傍点]とゆかなかったその上に、若主人は放蕩《ほうとう》で、須磨子は悪い病気になったのを、肺病だろうということにして離縁された。
 ……私は思う。勝気な彼女の反撥心《はんぱつしん》は、この忘れかねる、人間のさいなみ[#「さいなみ」に傍点]にあって、弥更《いやさら》に、世を経《ふ》るには負《まけ》じ魂《だましい》を確固《しっかり》と持たなければならないと思いしめたであろうと――
 嫁入ってたった一月《ひとつき》、弱まりきった彼女はまた飯倉の姉の家にかえってきた。健康が恢復《かいふく》して来ると
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