り、同情はやがて我心の上にまでかえって来た。

 抱月《ほうげつ》氏のおくやみにいったのも、月はかわれど今夜とおなじ時刻だと思いながら、偶然におなじ紋附きの羽織を着て来たことなどを気にして芸術倶楽部の門を這入《はい》った。秋田氏に導かれて奥の住居の二階へといった。抱月氏のおりには芸術座の重立《おもだ》った人はみんな明治座へ行っていたので、座員の一人が、
「松井が帰りましたら申伝えます」
と弔問を受けたが、いるべき人がいないので淋しかった。それがいま、突然の死に弔らわれる人となろうとは夢のようだと思いながら案内された。旧臘《きゅうろう》解散した脚本部の人たちの顔もみんな見えた。誰れもかれも落附かないで、空気が何処となく昂奮していた。
 居間の前へくると杉戸がぴったりと閉切《しめき》ってあった。室内では死面《デスマスク》をとっているのであった。次の室にも多くの人がいた。手前の控室のようなところには紅蓮洞《ぐれんどう》氏がしきりに気焔《きえん》をあげていた。杉戸が細目に中から開《あ》けられて、お湯が入用だといったときに、座員の一人は紫色の瀬戸ひきの薬罐《やかん》をさげていった。洗面器が入用だ
前へ 次へ
全44ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング