《たね》になった脚本をならべて開場した。
 二番目には寿美蔵延若に、谷崎潤一郎作の小説の「お艶《つや》殺し」をさせることになった。これは芸術座が新富座《しんとみざ》で失敗した狂言である。お艶を須磨子が、新助は沢田正次郎《さわだしょうじろう》が演じて不評で、その後|直《じき》に沢田が退座してしまったのを出させ、その代りに中幕《なかまく》へ「祟《たた》られるね」というような代名詞につかわれている「緑の朝」を須磨子に猿之助が附合《つきあ》うことになった、無論菊五郎にはめ、男にした主人公を原作通り女にして須磨子の役であった。
 稽古《けいこ》の時分に須磨子は流行の世界感冒《せかいかぜ》にかかっていた。丁度私が激しいのにかかって寝付いているとA氏が見舞に来られて、私が食事のまるでいけないのを心配して、島村さんも須磨子も寝ているがお粥《かゆ》が食べられるが、初日が目の前なので二人とも気が気でなさそうだとも言っていられた。二人とも日常《ひごろ》非常に壮健《じょうぶ》なので――病《わず》らっても須磨子が頑健《がんけん》だと、驚いているといっていたという、看病人の抱月氏の方がはかばかしくないようだった。
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