、キビキビした賣聲や、男性的颯爽たる諸條件がそろつて、初鰹は江戸の季節の一景物とまでなつたのだ。それゆゑ、金持ちが羨ましいこともあつたであらうが、利鞘をとつて衣食し、肥る商人を賤しめたのを、江戸の市井でうまれた「川柳」が、初鰹でもつてよく語つてゐる。
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初鰹女の料《れう》る魚でなし
初鰹旦那ははねがもげてから
初鰹煮て喰ふ氣では値がならず
初鰹得心づくでなやむなり
初鰹値をきいて買ふ物でなし
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「はねがもげてから」は飛ぶやうに賣れる勢のいいうち買はないといふことであり、「煮て喰ふ氣」はさしみにする品は高いからであり、「得心づくでなやむ」のは安かれ惡かれ、中毒《あた》るのを承知で買つた、といふ皮肉で、平日貧乏人と見下される側から、旦那側の、金持ち吝嗇をあざけつたものだ。
 だが、裏長屋に住んで、袷をころしても、食ふといふにいたつては、初鰹の名に惚れすぎた結果で、早いとこをといふのが、早急になり、走りものずきになつた末期江戸人の病根で
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初の字が五百、鰹が五百なり
初鰹女房日なしへいつけてる
初鰹女房は質を請けたがり
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