のじょう》の名を取り上げられ、九代目団十郎から破門され、また岩井粂八の名にかえって、暫《しばら》く蟄伏《ちっぷく》しなければならなかった、嫌な思出と、若かった日のことなども、それからそれへと、九女八も思いうかべている。
「お師匠さんは、新潟へ入《い》らしった時から、九女八だったとばっかり思ってました。あたし、ちいさい時でしたから。」
「市川升之丞さ。」
 九女八は、莨《タバコ》の脂《やに》の流れた筋が、飴《あめ》色に透通《すきとお》るようになった、琥珀《こはく》のパイプを透《すか》して眺めて、
「あたしは、一番はじめの、踊の名取りが阪東桂八《ばんどうけいはち》さ。それから、女役者になって岩井粂八、それから市川升之丞、守住月華、市川九女八さ。」
 随分とりかえたものさねと、自分のことではないような、淡々としたふうにいって、
「だが、師匠運は、ばかに好いのさ。阪東|三津江《みつえ》というお狂言師は、永木《えいき》三津五郎という名人の弟子で、まあ、ちょっとない名人だよ、高名なものさ。岩井半四郎は、大杜若《おおとじゃく》と呼ばれた人の孫だったかで、好い容貌《きりょう》の女形《おやま》だった。け
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