》になった時、あたしはまだ小《ち》っぽけでした。お揃《そろ》いの浴衣《ゆかた》を着て、川蒸気船の着く、万代《ばんだい》橋の川っぱたまで、お迎えに出ていましたっけ。」
「うん、そんなこともあったっけね。」
九女八は凝《じっ》と、庭の鷺草を見つめた。
新潟の花街《さかりば》で名うての、庄内屋の養女だった静枝までが、船着き場へ迎いに並んだほど、九女八の乗り込みは人気があったのだが、それも、会津屋《あいづや》おあいといった芸妓が、市川流の踊りの師匠で、市川とねと名のっていたから、同門の誼《よし》みで、華々しく迎えたのだった。
土地の顔役で、江戸生れのお爺さん、江戸鮨《えどずし》の孫娘に生れた静枝は、直江津《なおえつ》までしか汽車のなかった時分の、偉い女役者が乗込んで来た日の幼かった自分の事も、あの、日本海の荒海から流れ込んでくる、万代橋の下の水の色とともに目にうかべ、思い出していた。
「出しものは道成寺《どうじょうじ》だ。勧進帳《かんじんちょう》を出したのは、興行師《ざかた》らから、断わりきれない頼みだったんだ。そのこたあ、おとねだって知ってたのに。」
それがもとで、市川|升之丞《ます
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