で踊のおさらいのような、けばけばしい鏡台前ではなかった。筆は一本|兎《うさぎ》の足が一ツという簡素さだ。お茶とかき餅《もち》がすきなので、それだけは、いつも傍《かたわ》らにある。
「桂《かつら》がさきへ帰るからね、晩御飯に、さんま食べるって――浅漬《あさづけ》もとっといておくれ。」
湯呑《ゆの》みと手鏡を持って、舞台裏まで附いてゆく静枝にいいつけた。
根岸の家《うち》は茶座敷などもあって、庭一ぱいの鷺草《さぎそう》が、夏のはじめには水のように這《は》う、青い庭へ、白い小花を飛ばしていた。
そんな日の午前《あさ》、紫の竜紋《りゅうもん》の袷《あわせ》の被衣《ひふ》を脱いで、茶筌《ちゃせん》のさきを二ツに割っただけの、鬘下地《かつらしたじ》に結《ゆ》った、面長《おもなが》な、下ぶくれの、品の好い彼女は、好い恰好《かっこう》をした、高い鼻をうつむけて、そのころ趣味をもった、サビタや、メションや琥珀《こはく》のパイプを、並べて磨いている。
養女の菊子に、台助が、意味をもった眼づかいをして、何か小用を、甘ッたるく言いつけているのを後にきいて、軽く眉をひそめていたが、台助が外出した気配に
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