んとみちょう》の市川左団次《たかしまや》さんが、謝《わび》に連れてってくだすって、帰参《きさん》が叶《かな》ったんですが――ありゃあ、廿七、八年ごろだったかな。」
「そこなんだよ守住さん、御勘気に触れて破門された時に、師範状を取上げに行ったのは、談州楼燕枝《だんしゅうろうえんし》(落語家《はなしか》)だったってね。それがね、宗家《そうけ》へおさめねえうちに、その師範状をなくしちゃったんだとさ、すっかり忘れてると、急に帰参が叶ったので、奴《やっこ》さん弱ったのなんのって、でね、九代目の女弟子で、もとが岩井粂八だから、粂の字を九《く》の宇と女《め》の字にした方がいいって、こじつけちゃったんだそうだが――滑稽《こっけい》さね。」
「へえ、そんなことがありましたんですかねえ。」
 台助は、傘を打つ雨を見上げた。上層《そこ》は晴れているのか、うす鼠《ねずみ》色の雲からこぼれてくる雨は白く光っている。
「ねえ、お前さん、この雨の工合は、九女八《うち》の芸のような――地震加藤とか光秀《みつひで》をやる時の――底光りがしてるじゃねえか。木下尚江《きのしたしょうこう》さんという先生は、日本にすぐれた女性
前へ 次へ
全26ページ中24ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
長谷川 時雨 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング