持っている、どこか好色そうな老爺《としより》だった。
「大阪の千日前《せんにちまえ》へ芦辺倶楽部《あしベクラブ》というのが出来るそうで、師匠が出てくれるならば、月額千円は出すというのだそうだ。」
 九女八は、考え、考え、台助の小指をいじりながら、
「見世物小屋ではないでしょうかねえ。でも、お金が溜《たま》れば、も一度、何か、やって見る事も出来るでしょうから――」
「一年十二ヶ月、頭から約束しようというのだが――痛《いて》えよう。」
と、台助は足をひっこめた。
「そりゃそうと、繁《しげ》の井《い》を久しくやらないね。」
「染分手綱《そめわけたづな》ですか――繁の井をすると、思い出すものね。」
 弟子分《でしぶん》だった沢村紀久八《さわむらきくはち》が、お乳《ち》の人《ひと》繁の井をしていて、じねんじょの三吉との子別れに、あんまりよく似ている身の上につまされ、役と自分とのわけめがつかなくなって、舞台で気の狂ってしまったことを思い出すからだった。
 しかも、その、女役者紀久八は小説にもなり狂言にもなっている。佐藤|紅緑《こうろく》氏の「侠艶録《きょうえんろく》」の力枝《りきえ》という女役者は
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