、噛《か》んでいる。
「二銭団洲だって、歌舞伎座を踏んだのにな。」
台助は、はずみで、そんなことを言ってしまってから、しまったと思った。九女八が苦《にが》い顔をしたからだった。二銭団洲とは、下谷の柳盛座《りゅうせいざ》で、二銭の木戸銭で見せていた、阪東又三郎が、めっかちではあるが団十郎を真似て、一生の望みが叶《かな》って、歌舞伎座の夏休みのあきを借りて乗り出したことがあったのを、いかもの食いの見物が、つねづね噂《うわさ》に聞いた二銭団洲を見にいった。出しものは「酒井の太鼓」だったが、あとで座付き役者から物議が起ったことがあったりした、九女八にはいやな、ききたくないことなのだ。
「仕方がないよ、あたしは、はじめっから小芝居へ出てたものね。女役者なんて、あたしたちから出来たのだもの。」
九女八は、老《おい》ても色の白い、柔らかい足を出している、台助の足の小指に触《さわ》って見た。
台助は、艶々《つやつや》とした、額から抜け上っている頭の禿《はげ》かたも、柔和な、品の悪くない、いかにも以前《もと》は大問屋の旦那であったというふうな、鷹揚《おうよう》さと、のんびりした耳朶《みみたぶ》とを
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