だから、高田先生《せんせい》に言ったんだ。」
「いいえ。」
 九女八はしみじみとして、
「あたしがねえ、小芝居ばかりに出ていたので、どうかして、あれを止《や》めねえものかと仰しゃってたそうだから――」
 緞帳《どんちょう》芝居――小芝居へ落ちていた役者《もの》は、大劇場出身者で、名題役者《なだいやくしゃ》でも、帰り新参となって三階の相中部屋《あいちゅうべや》に入れこみで鏡台を並べさせ、相中並の役を与え、慥《たし》か三場処ほど謹慎しなければ、もとの位置にはもどさない仕来《しきた》りがある、階級的な差別の厳しいのが芝居道だった。
 九女八は、下谷《したや》佐竹ッ原《ぱら》の浄るり座や、麻布《あざぶ》森元《もりもと》の開盛座《かいせいざ》を廻り、四谷《よつや》の桐座《きりざ》や、本所《ほんじょ》の寿座が出来て、格の好い中劇場へ出るようになるかと思うと、また、神田の三崎町《みさきちょう》の三崎座に女役者の座頭《ざがしら》になってしまったりする。その上に、勧進帳のことで破門されたりして、九代目に芸を認めてもらえながら、引上げてもらう機運をはずしたのだと、もう、どうにもしようのない侘《わび》しさを
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