いながら、
「成田屋《ししょう》のうちの庭は、あすこらあたりに、大きな、低い、捨石があったっけが――」
と、自分でも思いがけない、話の本筋とは違うことを、ふいと、口に浮び出したままいった。
「お歿《なく》なんなすってからも、居間《おへや》の前の庭は、当時そのままだから――」
 九女八は、一木一石といったふうの団十郎《ししょう》の家《うち》の庭に、鷺草が、今日も、この雨に、しっとりと濡《ぬ》れているだろう風情《ふぜい》を、思うのだった。
 台助は、なんとなく顔をあげて、庭もせから、部屋の中を見廻した。其処《そこ》には、自分の趣味なんぞ半|欠《か》けらもなかった。九女八の好みであり、それは、彼女が私淑した成田屋《くだいめ》好みである、書画、骨董《こっとう》、それら、人格に深みを添えるたしなみが、女役者の住居《すまい》とは思わせなかった。
「高田先生(早苗《さなえ》)は、あたしを女のままで、女役にして、団十郎《ししょう》の相手を演《や》らせてくださろうとなさったのだったと、はじめて――始めて、わたしは気がついた。」
 九女八の唇は細かくふるえている。ちらりと、それを、台助は見ないのではないが
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