てるんだから、よく覚えてくれなけりゃあ、しようがない。」
そら、お談議になったと、静枝がかしこまって、閉口《へいこう》しかけているところへ、
「今日《きょう》、お髪《ぐし》、お染めになりますか。」
と、風呂《ふろ》の支度をする女中がききに来たので、静枝は、やれ助かったとホッとした。
二
――降り出した雨。
ト、舞台は車軸を流すような豪雨となり、折から山中の夕暗《ゆうやみ》、だんまり模様よろしくあって引っぱり、九女八役《くめはちやく》は、花道|七三《しちさん》に菰《こも》をかぶって丸くなる。それぞれの見得《みえ》、幕引くと、九女八起上り合方《あいかた》よろしくあって、揚幕《あげまく》へ入る――
蚊のなくように、何時《いつ》、どこで、なんの役でかの、狂言本読みの、立《たて》作者が読んできかす、ある役の引っこみの個処《ところ》が、頭の奥の方で、その当時聴いた声のままで繰返してきこえる。それについて、その役の、引っ込みの足どりまで、九女八は眼の前の、庭の雨を眺めながら、考えるともなく考えているのだった。
――はて、この役は、女だったかな、男だったかな――
ながい舞
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