いながら、
「成田屋《ししょう》のうちの庭は、あすこらあたりに、大きな、低い、捨石があったっけが――」
と、自分でも思いがけない、話の本筋とは違うことを、ふいと、口に浮び出したままいった。
「お歿《なく》なんなすってからも、居間《おへや》の前の庭は、当時そのままだから――」
九女八は、一木一石といったふうの団十郎《ししょう》の家《うち》の庭に、鷺草が、今日も、この雨に、しっとりと濡《ぬ》れているだろう風情《ふぜい》を、思うのだった。
台助は、なんとなく顔をあげて、庭もせから、部屋の中を見廻した。其処《そこ》には、自分の趣味なんぞ半|欠《か》けらもなかった。九女八の好みであり、それは、彼女が私淑した成田屋《くだいめ》好みである、書画、骨董《こっとう》、それら、人格に深みを添えるたしなみが、女役者の住居《すまい》とは思わせなかった。
「高田先生(早苗《さなえ》)は、あたしを女のままで、女役にして、団十郎《ししょう》の相手を演《や》らせてくださろうとなさったのだったと、はじめて――始めて、わたしは気がついた。」
九女八の唇は細かくふるえている。ちらりと、それを、台助は見ないのではないが、
「今更おそい――か。おくれたりだなあ。」
同情しながら、わざというのかもしれないが、おひゃらかしたふうにもとれた。が、九女八はそれにはかまわず、
「師匠の芸の神髄を掴《つか》んだ、と思ったのは真似《まね》だけだったのか――師匠は、女団洲なんて、嫌《いや》だったろうなあ。」
「だってお前《めえ》、団十郎《なりたや》だって、高田さんにそういったってじゃねえか、九女八《あれ》が男だと、対手《あいて》にして好い役者だって――だから、お前が、女に生れたってことが、師匠《くだいめ》といっしょに演《や》れなかったということなんで、生れかわらなきゃ、頭から駄目だったのだ。」
「そうじゃありませんよ、静枝やとし子さんの考えを見ても、川上さんや、依田先生たちのことを思い出しても、あたしは、毛剃《けそり》や、弁慶が巧《うま》かったのがいけなかった。」
「高田先生は、そのつもりだったのかも知れないが、宗家《そうけ》はそうじゃなかろうぜ。」
「あたしを女優――女形《おやま》として、相手にはしなかったろうとですか?」
「そうじゃないか、彼女《あれ》は立派な役者《もの》だ。男だったら、俺《おれ》の相手だがと、
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