てから五十年になるから、祝いをしたいと思うといって来た浜子。小閑を得て訪《おと》ずれると、二階へともなって、箏を沢山たてた、小間《こま》の机の前でこういった。
「此処へ、上って、作曲するだけが楽しみであり、生きている気がする。」
 彼女の研究は、古楽《こがく》に、洋楽に、学問の方もますます深まっているようだった。何か素晴しい作《もの》を与えて、彼女の沈みきった心の灯《ひ》を掻《か》きたてなければならない――
 私がそう思った眼を見て、彼女は嬉しそうに、青い絃を張った箏をとりだした。
「これが、いつぞやお話した金井能登守《かないのとのかみ》の作の箏。」
 震災に、頭だけ、うっすら火をかぶったのを、名作と知らぬ持主が、売に出したものであろう、手に入れてよく調べると、胴の真ん中に銘があったのだ。
「能登守の作は、二面しか残っていないという記録があるから、そのうちのこれは一面です。好《い》いあんばいに、天人の彫りは無事で、焦《こ》げた箇所《ところ》は波形《なみがた》だけですが、その波形は彫《ほり》でなくって、みんな、薄い板が組み合せてあるのです。」
 その手のこんだ細工の波がたは、箏の縁《ふち
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