《したん》の台に古銅《こどう》の筒の花器《はないれ》、早い夏菊の白が、みずみずしく青い葉に水をあげていた。深い軒に、若葉がさして、枝の間から空は澄んで見えた時節だった。好《い》い毛氈《もうせん》の上に幾面かの箏が出されてある。猿之助は、黒の紋附きの羽織に袴《はかま》をつけて、
「荻原《おぎわら》さん、聴入れて頂きまして、ありがとうございます。」
と、手をついていった。浜子も丁寧におじぎをかえした。
であるから、いかなる異変があっても、この約束は破れないと、私は信じた。が、遅れてはいって来た春子は、いかにも腹が立つように、苛々《いらいら》そこらを歩いて、唾《つば》を吐いたりした。猿之助は帰ったあとで、尺八の方の人が残っていたが、それも帰ると、浜子の芸術を冒涜《ぼうとく》するということを、彼女は雄弁に泣いて諭《いさ》めた。
これは、春子を通して、浜子の周囲一同の代弁であったのかもしれなかった。後《あと》から来た浜子の手紙でも知れた。私は、それを、無理とは思わないが、世間見ずな思い上りだと思った。若い猿之助の悲憤を思いやった。慰めようもない思いでわびた。そのかわりに違約の責《せめ》をひい
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